それは突然のことだった。
夫が帰って来なくなった。
夫は、淡白な人だった。
決まった時間に起き、決まった時間に出勤し、決まった時間に帰ってきて、決まった作業をしてから寝る。
「simple is best.」
という言葉が合う人だった。
そんな夫が帰って来なくなった。
本人から理由を聞いたわけではないけれど、思い当たる節がひとつある。
去年、私が夫の趣味を捨てたからだ。
夫は、仕事以外では趣味に生きる人だった。
昔からゲームが好きで、特に好きなのは横スクロールゲームだった。
世代の影響が大きかったのかもしれない。
携帯ゲーム機でも、家庭用ゲーム機でも、スマホゲームでも、とにかく横スクロールのゲームだけ楽しんでいた。
仕事から帰ってきて、必ず1時間ゲームをプレイしていた。
最初は何も煩わしさを感じていなかったけれど、同棲してから5年にも気になってくるもの。
「他にもやることがあるのじゃないかしら?」
そして、ひょんな事でケンカをしてしまった。
イライラが抑えきれず、夫のゲームを捨ててしまった。
しかし、夫に怒っているような様子はなかった。
そして、先月。
夫の異変に気付いた。
夫の部屋の物が徐々に少なくなってきているのだ。
服も、本も、その他のものも。
夫の部屋から、どんどん物がなくなっていき、
「最後は夫がいなくなってしまうのでは?」
と思い始めた。
そして、その時がとうとう来た。
いつもと同じ時間に起き、同じ時間に家を出て行った。
なのに、帰って来なかった。
連絡も繋がらない。
置き手紙もない。
夫はもういない。
もう帰って来ない。
横スクロールのゲームだけが、彼のゲームをクリアさせなかったのかもしれない。